実写版アラジンをアラブ在住の中東オタクが観てきたよ
もうずっと楽しみで鼻血が出そうだった実写版アラジン。
ドバイ在住の中東オタクが現地の映画館で超ウッキウキで観てきたので、建築、言語、インテリアといった切り口で、中東オタクらしい分析をしていこうと思う。
テーマは「アラジンの舞台、アグラバーはどこか」。
もちろん、これはファンタジーなので、アラジンやジャスミンの住むアグラバーは架空の都市である。
しかし、実在の都市からヒントを得て作られているので、そのルーツを紐解いてみよう。
建築物から考察
まずは印象的なお城の形状から見ていこう。
実写版アラジンのお城は、
- ちょっと平べったい丸のドーム
- ドームが連なっている
- 人々の暮らす街からすぐ近くにある
- ちょっぴり高台にある
この条件は、完璧にトルコのイスタンブール。
アヤソフィアという聖堂(世界遺産)だ。
完全に一致。
ここにインスパイアされてデザインしたのだろう。
しかし、元祖アニメ版のお城は、
- 白い
- ドームが立体的(平べったくない)
- 平地に立っている
という条件であり、実写版とは随分と異なる。
こちらのモデルは、インドのアグラにあるタージマハルで間違いない。
(なんたって「アグラ」と「アグラバー」だ)
時々タージマハルを城かモスクだと思っている人がいるが、これは霊廟、要するにお墓である。
ちなみに、東京ディズニーシーの「アラビアンコースト」は、アラジンの世界観を演出したゾーンのはずだが、
- 建物が青い
- 四角い建物+イーワーン(開口部)
- 前庭に噴水
という建物になっており、これはイランのイスファハーンと完全一致。
サファヴィー朝時代のペルシアの都である。
イランのオアシス都市・イスファハンにある王の広場にて。手持ちのiPhoneでペッと撮影しただけでこの美しさである。
空が澄み渡っているのが、乾燥地帯らしい。
そして同じくディズニーシーのアラビアン・コーストにある獅子の噴水は、アラブがモロッコ経由でスペインに侵攻した際に建設したアルハンブラ宮殿の噴水。
ということでスペイン。
以上をまとめると、
建築物から考察した場合、アグラバーのモデルは
- 実写:トルコ
- アニメ:インド
- ディズニーシー:イランとスペイン
ということになる。
・・・ちょっと待て。
どれもアラブじゃない。
地理から考察
次は、実写アラジンの街を地理的条件から探してみよう。
そのためには、普段のお城の風景と、A Whole New Worldを歌いながら空飛ぶ絨毯デートをするシーンを参考にしたい。
- 城から海へ直接ダイブ
- 海にはイルカが生息
- 砂漠が近い(絨毯で行ける距離)
- 市場(スーク、バーザール)が近い
- 諸外国から旦那候補が現れる(交通の要衝)
この条件なら、トルコのイスタンブールが第一候補。
海沿いの大都市であり、ボスポラス海峡には野生のイルカも生息している。
しかし、イスタンブール周辺は緑が多いため、砂漠が遠いことだけが難点か。
砂漠まで絨毯フライトするにはWhole New World 1曲じゃ済まない時間がかかってしまう。
尚、城から海へ直接ダイブすることに重点を置くならば、オマーンの首都マスカットにあるこちらのアル・ジャーラリー要塞の方が直ダイブしやすそうだ。
要塞、監獄を経て、現在は博物館となり公開されている。
マスカット観光をしていれば、放っておいてもタクシーの運ちゃんが見せよう見せようとしてくるので見られる。
マスカット近海には、野生のイルカもいるし、市場も賑やかで、砂漠(沙漠)も近い。
遠い諸国からジャスミンの旦那候補が次々やってくるという面においても、海上交通の要衝であったオマーンはなかなか良い線を行く。
ちなみにマスカットは、かのシンドバッドが冒険の旅に出た街である。
昔話やファンタジーの舞台としては、実はけっこう適任なのだ。
しかし、山がちである点や、建築物(主にモスク)の形状や色、そして結婚を申し込んできた外国人がヨーロッパ人だったことなどから総合的に見ると、イスタンブールの方に軍配が上がる。
以上をまとめると、
地理的条件から考察した場合、アグラバーのモデルは
トルコのイスタンブール
ということになるだろう。
言語から考察
さて、次は言語から考察していこう。
ジャスミンたちが映画の中で喋っている言語は、そりゃディズニー映画なので英語である。
しかし。
セリフとセリフの合間に時々挟まれる、ちょっとした相槌などにはアラビア語が散見する。
例えば「ヤッラ、ヤッラ!」は、アラジンが買取業者のもとへ盗品を持ち込んだシーンでハッキリと聞き取れた。
ヤッラ、とは元々「ヤー・アッラー(يا الله)」。
現在は「さぁさぁ!」といった意味で使われる。

ヤッラ!ヤッラ!
(アラビア語)
尚、ゆっくり言うと「どっこいしょ」の意になる。
スローで「やー、、、あっらぁあ!」と言ってみてほしい。力を入れるシチュエーションが想像できるはずだ。
(細かいことを言うと、アラジンのベースとなった千夜一夜物語の成立は、イスラム教の誕生よりも前。
よってアラジンの中に「ヤー・アッラー」というセリフがあるのは妙なのだが、そんなツッコミは野暮であろう)
というわけでアラビア語の国だろう…と言いたいところだが
ちょっと待った!
元祖アニメ版アラジンは冒頭、ジーニー扮する旅の商人が「サラーム」と挨拶をするシーンから始まる。
サラームは、ペルシア語、つまりイランの言語である。
アラビア語でもトルコ語でもない。

サラーム
(ペルシア語)
エキゾチックな音楽が「アラ〜ビ〜アンナイ〜ト」と流れ、ペルシア語で挨拶。
うーん、ディズニーめ。
どうしても物語を現実の都市と完全に結びつけることをギリギリのラインで阻止してくる。
しかし、セリフとしてペルシア語の要素が出てくるのはこの個所だけだ。
セリフを発したキャラクターが、旅の商人であることから、「ペルシアの地から旅をしてきた人」つまり外国人商人という設定で、敢えてペルシア語を喋らせたという可能性もある。
尚、歌詞も含めていいのであれば、実は実写映画版には1カ所、ペルシア語の要素があった。
Twitterのフォロワーさんに教えていただいたのだが、ウィル・スミス扮するジーニーが歌う「Friend Like Me」の歌詞に以下のようなフレーズがあったのだ。
「You are the king, boss, and SHAH!!」
「「君はキング、ボス、シャーだ!!」」
シャーとは、ペルシア語で王様のことである。

シャー!!!
(ペルシア語)
チラッと混ぜ込んでくる演出。憎いね!
↓ちょうど1分のあたり。
シルクロードのビジネスパーソン、ペルシア商人は強い。
ラクダを連れて沙漠を渡る隊商(キャラバン)。
その豪商たちが宿泊した隊商宿(キャラバン・サライ)は、現在もイランに存在し、豪華絢爛な歴史あるホテルとして稼働している。
イランのイスファハーンにある、かつてキャラバンサライだった、アッバースィーホテルのレストラン。
宿泊はもちろんのこと、食事だけでも利用可能。
ランチがてら、手持ちのiPhoneでなんとなく撮影しただけだが、十分に豪華さは伝わるだろう。
話がズレたが、えっと、アニメの冒頭のキャラは「旅の者」なので、異国語としてペルシア風の挨拶をしているのではないか、という話だった。つまり、それ以外の部分、全体的にはアラブだと言っていいだろう。
以上をまとめると、
言語から考察した場合、アグラバーのモデルは
アラビア語圏
ということになる。
人物名から考察
次は登場人物の名前から、アグラバーはどこなのか考察していく。
ジャスミン
今回インド系の女優さんが演じたことで、若干の物議を醸したジャスミン。
我々から見ると、彼女の顔も格好も完全にインド系なので「アラブ要素が行方不明」なのだが、作中でその言い訳がされているので許すとしよう。(彼女の母親はアグラバーの人ではなく、異国人であるという設定になっていた)
さて、ジャスミンという女性の名前はもともとアラビア語圏の名前に存在する。
しかし、アラビア語ではジャスミンのことを「ヤスミン」という。
「そこんとこ、どうなってるのかなぁ」と思っていたら、私は見つけてしまった。
音声(英語)ではジャスミンと言っているが、
字幕(アラビア語)でははっきりと
「ヤスミン(ياسمين)」
と書かれていたのだ。
これは字幕がアラビア語で出てくるドバイの映画館だからこそ見つけられたポイント。
もうニヤニヤしちゃう。
だが、貞淑なアラブのお姫様は、自らヘソを出してダンスで客人をもてなしたりはしない。
ジーニー
ランプの精、ジーニー。
これはイランの言語であるペルシア語系の、名前、いや、単語である。
ペルシア語で、精霊のことを「ジン(جن)」という。
「ジーニー」は「精霊的なもの」といった意味になるだろう。
ペルシア語:「ジャポン(日本)」→「ジャポニー(日本人)」
アラビア語:「ヤーバーン(日本)」→「ヤーバーニー(日本人)」
という感じで。
精霊というのは、この場合、人でも神でも天使でも亡霊でもない、超自然的な存在のことを指す。
そして、ジーニーの体が青いのは、インドの影響だと考察する。
例えばヒンドゥー教のシヴァ神は体が青い。
人知を超越した存在の体を青く表現するのは、インドの文化なのである。
尚、ペルシア語だけでなくアラビア語でも精霊を「ジン」と呼ぶが、体の色選択がインド的なことから、インドからの距離がより近いペルシアということにする。(ゴリ押し)
ジャファー
ジャファーという名前は、イスラム圏の中でもシーア派圏の名前である。
Ja’far(جعفر)と書き、ジャの「a」がちょっと「あ゛」ってなる(←説明下手かよ)。
これは「アラブだが、王道ではない名前」ということでいいだろう。
ていうかジャファーなら会社で私の机の真向かいに座ってるわ(バハレーン人、シーア派)。
スルタン王
これはどこからどう見てもトルコ。
スルタンとは、「国王」や「皇帝」のことであり、狭義ではオスマン帝国の王様のことである。
日本では、スルタン(サルタン)というのがこの王様のキャラクターの人物名のように扱われているが、スルタンとは人物名ではなく役職名である。
実際、この実写版アラジンの中でも
「次のスルタンはお前だ!」といったセリフがある。
この映画において国王は、キング(King)ではなくスルタン(Sultan)と呼ばれており、スルタンとはオスマン帝国の王。
ということで、アグラバーはトルコなのだろうか?
実は現代のオマーンの王様も「スルタン」であり、オマーンの正式名称は「Sultanate of Oman(سلطنة عمان)」。
オマーン・スルタン国なのだ。
こんなところでもおとぎ話の舞台としての適任っぷりをチラ見せしてくるオマーン。
ちょっと気になったのが、この映画において
王は「スルタン」と呼ぶのに
王国は「キングダム」と呼ばれていたこと。
Kingが治めるのがKingdomで、
Sultanが治めるのはSultanate
ではないんだろうか。
「スルタンのキングダムが!」というセリフは何かおかしいが、一般的な耳障りを考えたら、まぁ、キングダムって呼んでおいた方がベターなのだろう。
以上をまとめると、
人物名から考察した場合、アグラバーのモデルは
アラビア、ペルシア、インド、トルコのミックス
ということになる。
衣装から考察
実写版アラジンで人の目をひくのが衣装。
頭のてっぺんがとんがった傭兵たち。
あれはトルコ。
おヘソを出した女性陣。
あれはインド。
カラフルなショールで頭を覆った女性。
あれはペルシア圏っぽい人もいれば、インド圏っぽい人もいる。
また、中東オタク仲間に聞いたら「モロッコっぽい」とのコメントもいただいた。
まぜまぜだ。
衣装はファンタジーの彩りだから仕方あるまい。
小物・インテリアから考察
アラジンが召使いを装って城に侵入する際、お茶のセットを持っていた。
あれは記憶違いでなければ、確かモロッカン・ティーの銀ポットとミント入りのミニガラスコップであった。
しかしモロッコのお茶は中東全域で有名なので、これではモロッコ要素だと絞り込む要因としては弱い。
それよりも言及したいのは、スルタン王のお部屋である。
あれは完全にトルコ式。
オスマントルコの宮殿を模したドバイの高級ホテル「ジュメイラ・ザビール・サライ」には、
まさにあの壁のデザインのレストランがある。
また「オスマン帝国外伝〜愛と欲望のハレム〜」という言わばトルコの大河ドラマをご存知の方もいるだろう。
(これ↓)
ジャスミンたちの城は、このドラマを彷彿とさせる内装がとても多かったのが印象的。
観ている間に、一瞬このドラマを観ているかと勘違いするくらいに。
・・・もしかして、このドラマが世界的に大ヒットしたことからディズニーは影響を受けたのだろうか?
「ジャスミンのお城、オスマン帝国外伝っぽくしたらよくね?」って。
どうだろう。
また、映画において、そのスルタン王の部屋には日本の鎧が飾ってあった。
ということは時代設定は鎌倉時代以降・・・?
もっと昔であってほしかった。
なぜならアラジンの由来となった千夜一夜物語の誕生は聖徳太子の頃だからである。
以上をまとめると、
小物やインテリアから考察した場合、アグラバーのモデルは
トルコ
ということになる。
由来から考察
さてさて実写版アラジンの舞台はトルコという線が濃厚になってきたところだが、ここで、そもそもの「アラジンという物語の由来」に迫ろう。
アラジンの物語は、千夜一夜物語の一つである。
千夜一夜物語の発祥はペルシア(イラン)で、時代は聖徳太子くらいの頃。
概要はこうだ。
人間不信に陥ったペルシアの王が、夜ごと妃をバッサバッサと殺してしまっていた。
連続殺人っぷりに困った宰相は、賢い自分の娘を王の元へ送り込む。
その賢い娘は殺されないように、夜になると王へ物語を語って聞かせ、「続きはまた明日」と言った。
続きが聞きたい王は、その娘を殺さず、毎晩お話を楽しみにした。
その娘が語った1,000の夜の物語をまとめたのが千夜一夜物語であるー。
ということになっている。
ペルシアで生まれた物語集だが、イスラムの拡大に伴い、ペルシア帝国はイスラム勢力(アラブ)の侵攻を受けて滅びる。
その後、千夜一夜物語はアラブの文化都市であったイラクのバグダードで本格的にまとめられる。
そしてアラビアン・ナイトとして知られるようになる。
(ペルシアン・ナイトではないのね…。)
さて、賢い娘さんが王に語り聞かせたという肝心のアラジンのお話は、なんと中国が舞台の物語だったという。
(確かに、魔法の絨毯なんていう「マジック」の要素は、中東の人間は中国に求めがちだ)
中国を舞台にした物語を、ペルシアの娘がペルシアの王に語って聞かせた、という設定の物語を、アラブが編纂してアラビアンナイトとして成立させ、この21世紀、ディズニーの手によってトルコっぽい風景を背景に映画として撮影された。
ということになる。
(カオス!)
アラジンの世界へ旅立とう
この記事は、アグラバーはどこか?というテーマであった。
私の結論は
実写版アラジンの舞台は
アラブとペルシアを混ぜ込んだトルコだった
である。
トルコ、特にイスタンブールは、古代ローマ帝国の時代から連綿と積み重なる歴史が豊かで、大変魅力的な街である。
他にも、この映画に出てきた様々な要素は中東各国に散らばっている。
アラジンの魔法の世界のかけらを集めるような、そんな中東の旅をしてみるのも楽しいかもしれない。
こんなロマンチックな中東の側面に、興味を持ってくれる人がいたら、私は心から嬉しい。
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