人の話は最後まで聞くな!それが海外の議論のルールだった

外国人との会議働く
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「人の話は最後まで聞く」は世界の非常識

多国籍な人々に囲まれて働くようになって、いまだに慣れないことの1つが、話を遮られることだ。

 

結論がまだなのに、いきなり「いやそれは…」と誰かが話し始める。

3つの要点を説明しようとしたら、1つめのを説明している間に早くも意見をされる。

私がAさんと向かい合って議論しているのに、全く関係ない人がいきなりAさんに話しかける。

 

「私まだ喋ってるのに!!!」

 

何度不快な思いをしたか、わからない。

 

あまりにも頻繁にそのようなことが起きるので、ずっとずっとずーっと悩みの種だった。

 

この人、マナー違反なんじゃない?

この人、自己中なんじゃない?

周りのこと、全く見えてないのかな。

 

そんな風に思っていた。

 

しかし、ようやくわかってきた事は、「人の話を最後まで聞く」ことが良きマナーなのは、小さな小さな島国・日本の中だけの常識だったということだ。

 

最後まで聞くのは意見がない証拠

会議などにおいて、私たち日本人は、誰かの発言を最後まで聞いた上で、意見をするのがマナーである。

日本ではそれが大人の態度教養人の態度である。

 

誰かが話し始めたら、その人が言い終わるまで待ち、自分の話を始めていた私。

そしてすぐに遮られ、「遮るなんて失礼な奴だな」と思いながら、相手の話が終わるのを辛抱強く待ち、改めて発言していた。

 

この場面で、海外のビジネスシーンで良い評価を受けるのはどちらか?

それは、私の話を遮って、意見を述べ続けた方である。

 

誰かの言葉が切れるタイミングを待ち構える「待ちの姿勢」や、発言の機会を譲り渡す「謙虚な姿勢」

欧米圏、ここアラブ圏、そしてインドなどの新興国では、それはデキない人の態度と見なされる。

 

発言のチャンスを易々と渡してしまう人間は「言うことがない」という意味になる。

相手の話を遮らないということは、「あなたに同意です」「異論ありません」という意味になる。

 

私は、お行儀よく振る舞っていたつもりが、全く逆の評価を招く態度をとってしまっていた、というわけだ。

日本のマナー通りに振る舞うことで、自分の評価を、プレゼンスを、下げ続けていたのだ。

 

個人対個人の会話ですらこうなのだから、大人数での会議となると、それはもうカオス(のように私には見える)。

 

発言、遮って発言、遮って発言…の連続であり、誰1人として文章を最後まで言うことがない。

誰かが言い終わるを待ったら、自分が発言する機会は永遠に回ってこない。

 

そして、何も言わない限り「あの人は異論なしなのね」または「意見なしなのね」ということになる。

これが続くと「意見のない人」「なにも考えてない人」としてのイメージがつき、ビジネスシーンで軽視されるという結果を招きかねない。

 

日本のマナーを守ることが、

海外でこんな結果を招くとは。。。

 

日本人は「人の話を最後まで聞きましょう」と言う教育を骨の髄まで染み込ませていいのだろうか。

これでは「世界を相手に議論ができない人間」を生産していることになるのではないか。。。

衝撃の事実に戦慄した。

 

原因は母国語の文法にあった

ところで、なぜ日本では、人の話を最後まで聞くことがマナーなのか。

 

それには、譲り合い謙虚の美徳に加えて、言語にも原因がある。

 

日本語の場合、文章を最後まで聞かないと話の真意がわからない。

 

例えば。

「その料理、食べ・・・」

で遮ってしまったら、食べていいのかダメなのかわからない。

 

「食べ…ていいよ

「食べ…てダメ

と、文末まで待つ必要がある

 

それに対し、英語または英語と同じ語順の言語では、

「Eat this…」

「Don’t eat this…」

と、文頭の時点でいいかダメか示される

 

この違いが、「相手の話を最後まで聞くかどうか」のメンタリティに影響していることは間違いない。

発言する側も、いちばん大事なことは最初に言い終えているので、語尾など切られても気にしない。

 

「日本語的」「英語的」な文章の構成

 

この性質は、文法のみならず、文章の構成にも現れる。

 

日本語の文章の場合、背景や原因を述べたあと、最後に結論が来る。

この場合、文章は後になればなるほど重要性が高い内容となる。

よって、途中で遮られたら意図が伝わらない。

 

しかし、英語や英語的な言語の文章の場合、先に結論を書き、なぜならば…と理由が後から続く。

この場合、文章は後になればなるほど重要性が低い内容となる。

よって、冒頭の大事な部分さえ言えれば、後は遮られても特に支障は無いのである。

 

例えば。

 

今日は寒いね。暖房をつけてもいい?

これが日本語的な会話だ。

 

それに対して、英語的な会話は、

暖房つけてもいい?今日は寒いね。

となる。

 

もし日本語的な会話で、「寒いね」の前半部分しか言い終えていないうちに「そうね!寒いわね!去年の秋はさぁ〜」などと会話を奪われてしまったら、あなたは永遠に「暖房をつけたい」という真意を伝えられない。

 

しかし、英語的な会話の場合、前半部分を言い終えた時点で遮られたとしても、あなたは暖房つける!という最終目的を達することができる。

「今日は寒い」と言うのは理由、つまり補足情報に過ぎないのだから、たとえ言えなくても問題は無い。

 

もう少しビジネスらしい場面を考えてみよう。

(1) 来月発売の商品のプロモーションについて提案します。

(2) この商品は、20代の働く女性がターゲットです。

(3) ターゲット女性が最も来店するのは、新宿店です。

(4) よって、新宿店でキャンペーンを実施しようと思います。

この4行は、「導入→背景→根拠→主張」という流れになっている。

この4行の中で、最も大事なのは、4行め。

つまり最後の部分。

 

例えば2行目の時点で遮られたら、主張部分に微塵も至っておらず、何を言ってる文章なのかワケが分からない。

4行目まで待ってもらう必要がある。

日本語は最後に大事なことを書く言語なのだ。

 

英語的な会話なら、文章の構成の順番は真逆。

(1) 私は、新宿店でキャンペーンを行いたい、

(2) 来月発売の商品のプロモーションのために。

(3) なぜならばこの商品は20代の働く女性がターゲットであり、

(4) 新宿店にはそのようなお客さんが多いからです。

この順番になる。

 

最初に結論を言い切ってしまい、背景と理由、補足情報は後からだ。

3行目、4行目などは、たとえ聞いてもらえなくても重大な支障はない。

 

外国人に自分の話が伝わっていないと感じたら

会話でも、メールでも、外国人に自分の主張が伝わっていないように感じたら、もしかしたらそれは、あなたの英語能力の問題ではなく、文章の組み立てに問題があるかもしれない。

その可能性も考えてみた方が良い。

 

文章の順番を入れ替えるだけで、バチっと伝わるようになることもある。

 

具体的に言えば、主張や、相手にとってほしいアクションの指示を、1番最初に伝えるということだ。

 

主張や、行動の指示を、1番最後に持ってくるのはNG。

そこは最もどーでもいい内容が配置される場所。

その部分に1番大事なことを配置してはいけない。

 

聞く側は、大事なことは最初に言われると思いこんでいる。

「冒頭=大事なこと」だという了解がある。

 

だから、日本人が経緯や背景から話し始めると、

「こいつの冒頭(1番言いたい事)はずいぶん明後日の方向じゃないか」

「わけのわからないことを言い始めたなぁ」

と言う感じで、

相手を困惑させてしまうことになりえる。

 

話を聞いてほしいときの方法

 

まだ喋り足りない時に、人に割り込まれてしまったときや、

他の人が延々と喋っているが意見をしたいときは、

「喋りたいんだが!」という意思表示をしなくてはいけない。

 

いきなり「No, I think…」と始めてもいいが、

それが難しければまずは

 

「Let me say something」

(ちょっと言わせて)

 

「Let me finish」

(最後まで言わせて)

 

と言うことだ。

叫ばず、慌てず、低めの声で冷静に言うのが大事なポイントだ。

特に女性は、高い声でピーピー言ってしまわないように、低い声と真面目な顔で切り込むように。

 

発言のチャンスをもぎり取れ!

発言のチャンスは、回ってくるものではなく、自ら殴り込んで勝ち取るもの

 

お互いに誰かの発言を遮りながら、割り込みながら、会話を進めていくため、自分も勇気を持って割り込まない限り、発言する機会が回ってこず、仕事上の評価を得ることもできない。

 

ここまで説明した通り、彼らは語尾を切られても全く気にしていないし、

もし言い足りなかったら、相手もそう言い返してくるから、安心して割り込んでいい。

 

郷に入りては郷に従え。

「人の話は最後まで聞く」という日本の美徳をかなぐり捨てる勇気が必要だ。

 

誰かが喋り終わるのを待っていては、永遠にあなたが発言するチャンスはやってこない。

言葉を発するチャンスは、与えられる権利ではなく、譲り合うものでもなく、戦って獲得するものだ。

 

たとえ日本人にとって正しいビジネスマナーでも、それは日本でしか通用しない「ローカル・ルール」かもしれない。

日本人にとって正しいことが、その土地ではお行儀の悪いことかもしれない。

日本人にとってマナー違反なことが、その土地では素晴らしい行動かもしれない。

 

異文化の中で働くというのは、そういうことだ。

 

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