ドバイにラマダンがやってきた

暮らす

ラマダンとは

 

「ラマダンってなーんだ」と言われたら

「あぁ、断食するやつでしょ?」くらいの知識はそこそこ広まったように思う。

 

日中は一切の飲食を断ち、

貧しい人々の気持ちを理解し、

日没と共に食事をとり、

苦しさと喜びを分かち合うーー。

 

確かに日中の食事を断つことは分かりやすい特徴なので、

その印象が強く広まるのは当然の成り行きだ。

 

しかし、実は、断食はラマダンの一部でしかない

 

私はムスリマ(イスラム教徒)ではないので、

あくまで部外者としての言葉になるが、

ラマダンには様々な側面があるので紹介したい。

 

ちなみにラマダン中でも、ドバイならば私たち異教徒は食事できるので安心しよう。

 

善行ポイント倍増キャンペーン

人々の善行はアッラーが見ているが、ラマダン中は「いいことやったポイント」がポイント倍増キャンペーンになる。

なので、寄付や恩赦をするなら今!というわけだ。

 

断食によって、普段満足な食事をとれない貧しい人々の気持ちを理解したならば、その気持ちを行動に移そう、インセンティブもあるよ、ということであろう。

 

実際にラマダン期間中は、政府や企業による寄付合戦(PR)も繰り広げられ、その話題が紙面を飾ることも多々。

近年、余裕のある家庭や企業は、屋外に「ご自由にどうぞ冷蔵庫」を設置するトレンドも発生している。

 

また、身近なレベルでは

寄付用・古着回収ボックス」がショッピングモールに設置されたりする。

私も着なくなった服はそこへ入れた。

(だってドバイにメルカリないし…)

 

精神の浄化

これを忘れてはいけない。

ラマダンという聖なる一ヶ月の最大の効果がこれだ。

 

日中の飲食を断ち、

煩悩を断ち、

普段より多い回数のお祈りをし、

 

「内省して、アッラーときちんと向かい合って、

なんかこう…魂や心がキレイになって、フレッシュになるような、

そう、ブラッシュアップされるの!」

ということである。

 

「断つ」のは飲食だけじゃない

ラマダン期間中、日中に断つべき欲は飲食だけではない。

性行為もNGである。

夜の間に、丸1日ぶんの飲食もいちゃいちゃタイムもお祈りも睡眠もしなくてはいけない。

忙しい。。。

 

マイルールとして

「この一ヶ月は禁煙する」だとか

「普段は酒を飲むけど一ヶ月禁酒する

なんていう人もいる。

 

他には、うるさい音楽も禁止

ショッピングモールやカフェにBGMが流れていない、

という状況に気づくのは「あぁ今は聖なる月なんだなぁ」と感じる瞬間でもある。

踊る方のクラブの営業にも影響する。

行く予定のある人は要チェックだ。

 

会社では、突然歌い出しがちのフィリピン人

(我々はそれを○○ちゃんミュージカルと呼ぶ)

が注意されていたりする。

 

心を穏やかに保っているべきひと月なのだ。

 

願いごとが叶うかも?

そんなこんなで自己を律して努めたイスラム教徒たち。

どうやらいいことがあるようで、

ラマダン中に神様に祈った願いごとは、平常時に比べて叶いやすいらしい。

 

一方でこんなジョークがある。

「さぁラマダン月となりました!今の願いは叶うといいます。あなたは何を望みますか?」

「日没の知らせ」

 

そんなこんなで、ラマダンは

欲や煩悩、心をザワつかせるものを断ち、

家族や大切な人と過ごし、

神様と自分の心としっかり向き合いたい。

そんなクリーンな一ヶ月なのである。

ラマダン仕様に飾り付けられたドバイモール。

キラキラ。

ラマダンはいつ?

 

イスラーム暦の12ヶ月の中に「ラマダン月」という月がある。

(日本にも宗教を反映した「神無月」とかある感じ)

 

イスラーム暦は太陰暦のため、1年が354日くらいだ。

365日ではない。

そのため毎年ラマダンのシーズンは少しずつズレる

 

今年2019年の場合は、

西暦5月6日(厳密に言えば5月5日の晩)にラマダン月に突入した。

 

ラマダンが夏に当たると、冬の場合に比べて辛い。

日の出が早く、日没が遅くなるためだ。

今年の場合、朝食は早朝3時台、夕食は19時頃となる。

 

ちなみに、ガチンコの太陰暦であるため、

ラマダン開始日は月を観測する機関が発表する。

カレンダーで予め決まっているものではない

 

イスラム教徒は世界中にいるが、

それぞれの地域で月が観測され、ラマダン開始日を決定する。

UAEの場合、隣国サウジアラビアの月観測機関の発表に従っている。

 

「ラマダンいつからかな?」

「明日か明後日じゃない?」

「ネットニュース見よ」

「明後日っぽいって!」

「ふーん」

 

ーー数時間後。

 

「ニュース出た!明日からだって!」

「ちょw明日の予定変えないとww」

 

こんな会話を毎年している。

 

21世紀らしくないと思われそうだが、

そういうものだから仕方ない。

 

いかがだろう、

夜空を見上げて、月を眺めながら

明日の予定に思いを馳せるーー

 

ちょっと、風情がないだろうか。

こんなこと大人になってから体験していなかったような気がする。

 

あなたはラマダンする?しない?

 

私はラマダンをしていない。

 

そう言うと、日本人の友人には「意外だね!」と言われる。

中東オタクとして認識されている私なのだから

「やってそう」に見えるのだろう。

 

確かに、毎年ちょっとは思う。

「今年はラマダンやってみようかな」と。

 

実際、一般の日本人の友人でも、

異文化理解の意味で、断食をやってみる人は何人もいる。

 

しかし私は、やっていない。

 

理由は、イスラムの信仰を持たない私にとっては、

ただの断食にしかならない気がするからだ。

 

私がラマダンしたところで、

私が誰かと共有できるのは「昼間食べない」

という部分だけなのではないだろうか。

 

むぅ。悲しい。

 

ラマダンは食を断つだけじゃない、と理解してからというもの尚更である。

聖なるラマダンを体感し、分かち合っている人々を見るにつけ、どうも孤独だ。

 

年末年始に田舎へ向かう新幹線ホームの親子連れを見るような、

クリスマス前に恋人や家族へのプレゼントを選んでいるサラリーマンの買い物姿を見るような、

あれ系の心境になる。

 

もし、私がホームステイなんかをしていて、

ラマダンの関連行事を皆と共に行うのであれば、

きっと喜んで参加する。

 

しかし今のところ、その手の予定はなく、

ラマダンを実行し共有している人々を

ひとり横から眺めるだけである。

 

ラマダンのお月さま [ ナイマ・B.ロバート ]

価格:2,160円
(2019/7/7 00:55時点)
感想(0件)

慈悲深き神の食卓 イスラムを「食」からみる (Pieria Books) [ 八木久美子 ]

価格:2,592円
(2019/7/7 00:57時点)
感想(0件)

コメント

タイトルとURLをコピーしました